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校歌
| 校 歌 の 由 来 | |
| 解説 太宰府小学校創立120周年記念誌より | |
| 昭和初期の原田郁三郎校長が、母校小倉師範の校歌の替え歌として、作詞。 小倉師範の校訓「礼儀 規律 勤労」をそのまま太宰府小学校の校訓として校歌の1、 2、 3番の歌詞に歌い込み、併せて太宰府の歴史も歌い込んでいる。当時校歌のある小学校は少なく児童たちも誇らしく思い歌ったという。 | |
| 千歳の後 いや高く | |
| 至誠の神と 世に仰ぐ | |
| 菅公の徳 慕いつつ | |
| 礼儀正しく 身を守り | |
| いざや学ばん 諸共に | |
| せんざいののち いやたかく | |
| しせいのかみと よにあおぐ | |
| かんこうのとく したいつつ | |
| れいぎただしく みをまもり | |
| いざやまなばん もろともに | |
| 第1番 礼儀を菅公=菅原道真の徳にあやかって正しくしていこうと意図したもの。 | |
| 菅原道真(845~903)の時代から千年たった今でも人々が誠心の神としてますます敬い尊敬している菅原道真の徳を慕って礼儀正しく、行いを正しくしていきましょう。 | |
| ※菅原道真は、戦前一般に菅公といわれた。また、現在では、学問の神として、有名であるが、当時は、ざん言にあい無実の罪に落とされても変わらぬ忠誠心を持ったという点が強調され、至誠の神として尊崇された。 | |
| ・千歳=千年 | |
| ・いや=ますます | |
| ・至誠=きわめて誠実なこと まごころ | |
| ・世に仰ぐ=人々が尊敬している | |
| ・諸共に=いっしょに みんなそろって | |
| 大厦高楼 荘厳に | |
| 九州二島 治めたる | |
| 太宰府の跡 偲びつつ | |
| 規律整然 身を保ち | |
| いざや進まん 諸共に | |
| たいかこうろう そうごんに | |
| きゅうしゅう にとう おさめたる | |
| だざいふのあと しのびつつ | |
| きりつせいぜん みをたもち | |
| いざやすすまん もろともに | |
| 第2番 太宰府政庁の建物は立派な建物が東西南北規律整然と建てられていた。その様子を偲び校訓の規律に掛け、序言葉的な使い方をしている。 | |
| ・大厦=大きい建物 | |
| ・高楼=高い2階建て以上の建物 | |
| ・荘厳=おごそかで麗しい 貴くおごそか | |
| ・二島=壱岐・対馬 太宰府は九州中を治めていた。その統治の仕方は九国二島あるいは九国三島といわれる | |
| 三島は前記の二島の他に種子島をふくむが、平安時代初期種子島が大隅国に併合されてからは九国二島を治めたという表現をしている。 | |
| 雲井に高く そそり立つ | |
| かまどの山を 眺むれば | |
| 燃ゆる希望に 血は湧きて | |
| 勤労強く 身をきたい | |
| いざやはげまん 諸共に | |
| くもいにたかく そそりたつ | |
| かまどのやまを ながむれば | |
| もゆるきぼうに ちはわきて | |
| きんろうつよく みをきたい | |
| いざやはげまん もろともに | |
| 第3番 宝満山の雄大な様子や登山するのに困難なことを動労意欲や心身を鍛えることに役立てようとしたものと思われる。 | |
| ・雲井=雲のあるところ 空 遠く高く遥かに離れたところ | |
| ・かまど山=宝満山は古くは御笠山、かまど山とよばれた。宝満山は中世頃から出てきた新しい名で、つい近い時代までかまど山が一般的な名であった。 | |

